技術と情熱
- 9 時間前
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技術と情熱。
何かをする上でどちらが大事かと問われた時、自分は迷う事なく情熱だと答えます。
何故か。
例えば子どもが絵を描いたとして、それは自分の中にある「何か」を描きたいという欲求や情熱を持って描きます。
それをどんどん繰り返していく内におのずと上手くなっていきます。
そこへ大人がやってきてそれを褒めると子どもは喜びます。
褒められた成功体験から子どもはより一生懸命に技術を磨いていきます。
ここまでは順調です。
ですが、いつしかそれが技術一辺倒になり、描きたいという欲求よりも、褒められたいという欲求のためだけに物事を打ち込むという事がままあります。
その先には一体なにが待つのか。
AIが台頭してきた今、私たちに出来る事はなんでしょう。
正確さや安定感さえあれば良いというのならば、不安定な我々は不要な存在になってしまうのでしょうか?
俺は絶対そんな事ないと思うし人間ってのは不自然だからこそ、その不自然さやそこまでの頑張りを感じ取って、その情熱に呼応するんだと思います。
俺はどんなに下手くそでも一生懸命歌ってくれた人を笑う事は絶対にない。
まあ…だからと言って技術を研鑽しなくてもいいと言う訳ではありませんが(笑)
人は、人と仕事がしたいんだろうなと、僕は思います。
この一人称のブレが人間っぽいでしょ?

