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誰のための命
僕はいい加減で、色んな人を傷つけたり傷つけられたり、仲良くなったり呆れられたりとしょうもない人生だなとなんとなく思ってます。 掘り起こせばきっと今でも罪に問われる事ばかりしてきました。 それでもまだ何も言われていないのは世間が寛容だったからなんでしょう。 傷つけた人たちに改めて謝りたいなとも思うけれど、今更そんな事してもハタ迷惑とも思うから連絡は取れないけど、僕は謝りたい気持ちは持ってます。 そうやって傷つけてきたから僕は今も独りなんだなと思う。 でもこれは僕が好き勝手やってきたからしょうがない。 ふと思う。 誰のための命だったんだろうと。 とまあ今日も酒に飲まれているわけです。
9月7日
いずれ消していく予定
HPですが、なんだかんだでいずれは消していこうかなと考えてます。 どうも僕は色々と抱えすぎてしまうようで、その分酷く疲れてしまい そんな思いをするくらいなら色々と手放そうと思ってます。 それくらい人に迷惑をかけ過ぎた…。 身の周りを整理したり、物を捨てたりしてます。
9月7日


演技に命をかけられない
タイトル通りそのままなのですが、前の記事で書いた経験の結果、僕は演技に命をかける事が出来ないと思いました。 演技…、これは自らの意志で演じている様であって、本当はあくまでも誰かの命令によって行動しているわけです。 誰かの意志によって自分の意志を塞ぎ込ませ、そしてそのまま朽ちていく。 つまりシンプルに言うと死ねと言われてあなたは死ぬのですかという簡単な問いかけです。 当然「なんでてめえに指図されて死ななきゃならんのだ!そんなに死にたきゃおめーが死ね!」となるのですが、しかしこれがシチュエーションが変わると簡単に死ぬことが出来たりします。 なんとなく偉そうな人が言ってるから、なんとなく社会のためだから、なんとなく世間がそう言ってるから、従う…。 役者は親の死に目に会えないと言います。 僕はもし身内が危篤な状態であったら真っ先に仕事を放り捨ててしまうと思います。 何故なら人はお金に換えられないから。 役に代役はいます。でも人に代役はいません。 お金という宗教を断ち切って僕は身近な人のために自分の命を使いたいと思います。 仕事なんてなくなってもいい、生き
9月5日
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